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2022.06.27

「もっと知ってほしい 大切な人ががんになったとき」を読んで

 「もっと知ってほしい 大切な人ががんになったとき」

 おはようございます。渡邉医院の渡邉です。いよいよ今週から、「地固療法」と「造血幹細胞採取」が始まります。

 入院中、時々売店に飲み物を買いに行ったりするのですが、その売店の近くに、癌に関しての様々な冊子がおいてあります。自由に持って帰っていい冊子で。以前Facebook等で紹介した「悪性リンパ腫」に関しての冊子もここにおいてありました。

 今回は、「もっと知ってほしい 大切な人ががんになったとき」という冊子がおいてあり、もらってきました。読んでみると、とても勉強になりました。今回はこの冊子に書かれている内容を少しまとめて簡単に紹介したいと思います。

 冊子の表紙には、「もっと知ってほしい 大切な人ががんになったとき」という題名の少し下に、チョット小さく「患者さんと患者さんを支える人のために」というサブタイトルがついていました。やはり、がんになった患者さんだけではなく、それを支える家族の人たちの支えがやはり必要で、とても大切なことだと思います。

 冊子は第1章から第8章で構成されています。

 第1章「がん患者さんを支える人が知っておきたい大切なこと」

 第2章「がんとがんの治療について正しい知識を持つ」

 第3章「患者さんが納得して意思決定ができるように支える」

 第4章「揺れ動く心の動きに寄り添う」

 第5章「家族ができる療養のサポート」

 第6章「身近にいる専門家を療養のサポーターに」

 第7章「経済的な問題を解決する」

 第8章「積極的な治療を受けられなくなった時」

と言った内容です。

 第1章は「がん患者さんを支える人が知っておきたい大切なこと」です。
 この第1章が一番大切なところかなあと思いましたので、今回はこの章だけを詳しく紹介したいと思います。

 そこの一番最初にこんなことが書いてありました「がん患者さんの家族は第2の患者」です。そして第1章の最初の項目が「大切な人を支えるために、あなた自身を大切に」でした。

 やはりがんの治療は、5年、10年と長い期間続きます。患者さんだけでなく、患者さんの状態によってそれを支える家族の方の生活リズムや環境が大きく変化していきます。この変化に対応していくためにも、患者さんを支える方自身の健康、これは肉体的だけでなく精神的にも健康であることが大切です。また、「感情を表に出すことも大事」とありました。

 患者さんの長くて山あり谷ありの闘病生活にしっかり寄り添っていくためには、支える方自身の感情も大切にしなければならないと書いてありました。うれしかったり、悲しくて泣いたり、また怒ったりするそういった感情を、自分の中に押し込むことなく表に出していくことも大事ですし、そのことで気持ちが楽になります。

 私が時々言っていますが、「辛いとき辛いと言えているか?助けて欲しいとき助けてといえているか?」です。自分の気持ちを押し殺すことなく表現することが大事ですね。

 次の項目には「がんとがんの治療について、正しい情報を得る」でした。

 ここには、「がんの治療は情報戦といわれるくらい、治療の選択やよりよい療養生活を送るには、情報の質と量が出維持になる」と書いてありました。その通りだと思います。ただ、今はネット検索等情報量が多いです。正しい情報だけとは限りません。どうしても自分に良い情報ばかりになったり、反対に悪い方に悪い方にと情報をあつめてしまったり、情報の集め方が難しいです。そんな時こそ、主治医の先生としっかり話をして正しい情報を集めることが大切だと思います。

 次の項目は、「治療や過ごし方を決めるのは患者さん自身」です。

 そこにはこのようなことが書いてありました。「患者さんの周囲にいる人は、患者さんの状況について『自分が一番知っている』『こうするほうが絶対にいい』などと思いこむことがあります。」と。最終的にどのようにするかを決めるのは患者さん自身です。周りの人が良かれと思っていても、実際患者さんにとっては違うかもしれません。患者さん自身が、周囲の人たちに記を使い、本当に思っていること感じていることを正直に伝えていないこともあります。なかなか難しいですが、患者さんの気持ちをしっかり想像して、正しい情報だけを提供して、患者さんが自分の意思でしっかり決定できるように見守っていくことが大切なんだなあと思います。冊子には「病状や過ごしている場所によって、患者さんと自分の役割も変化する」このことをしっかり意識することが大切であると書いてありました。

 この章の最後は「揺れ動く患者さんの心に寄り添う」です。

 ここにはこう書かれています。「がん患者さんは診断、告知から治療、その後の療養までの間に大きな心の揺れを経験します。」と。そして「治療の状況や結果に一喜一憂してしまう」と。また、こんなことも書かれていました。「手術後、患者さんが最も嫌うのは『がんをきったから、もう大丈夫』といった言葉をかけられることです。『患者さんを早く安心させたい(自分が安心したい)』という数位の気持ち。患者さんは手術後も喪失体験に苦しみ、市絵の恐怖も消えていません。病状に対する楽観的な発言は控えたい。」と。そして、「患者さんの心が落ち着きを取り戻すまでは聴くことに徹しましょう」と。

 このように、やはり日々状況、体調や環境、またその時の感情が変わると同時に患者さんの心は揺れ動きます。この状況に右往左往することなく、しっかり支え、大きく包み込んであげることが大切なんだなあと思います。そのためにも正しい情報をしっかり掴み知っていることが大切だと思います。

 少し長くなりました。ここに紹介したことは、がんだけのことではないと思います。様々な場面で参考になるのではないかと思います。

2022.06.26

風景画を描いてみました。「迷わずこの道を進む。」 ー動画ー

2022.06.25

「地固療法」、「自家血幹移植」に向けて!

 皆さんこんにちは。毎日暑い日が続いていますね。熱中症に気を付けて、水分もしっかり摂って下さいね。エアコンも無理せず使って、体調管理して下さいね。

 さて、悪性リンパ腫に対して抗がん剤での治療を5クール行ってきました。620日月曜日に治療効果を判定するために造影MRIを行いました。結果は下垂体近傍にあった腫瘍は消失し「完全寛解」となりました。後は「完治」を目指しての治療です。これが「地固療法」と「自家血幹移植」です。今回の地固療法を行うと同時に造血幹細胞を採取して、自家血幹移植に備えることが今回の入院の目的です。抗がん剤投与開始と造血幹細胞の採取が上手くタイミングよくいくように治療開始の調整をしていました。
 準備万端で、今後の治療の予定が決まりました。
 今回は「地固療法」と「造血幹細胞採取」の二つの目的での治療になります。
 造血幹細胞の採取は透析の時のような要領で採取します。地固療法で骨髄抑制が来てそれが回復する際に血球の回復と一緒に造血幹細胞が末梢血の中に漏れ出てきます。それを採取します。その骨髄が回復してくるのが、抗がん剤投与から約14日後になります。この時に2日~3日間かけて造血幹細胞を採取します。この造血幹細胞の採取の段取りが難しく、治療開始の日が決まりませんでした。
 ようやく段取りがついて次のような予定になります。

627日月曜日:中心静脈カテーテル挿入。抗がん剤投与後、白血球が増加しても赤血球や血小板の回復が弱く、それぞれの輸血等が必要になるので、中心静脈カテーテルの挿入はそいういった時に必要になります。
629日から地固療法開始します。使用する抗がん剤はキロサイドです。投与の仕方は、キロサイド12時間ごとに12 回を二日間(2930日)投与します。
・キロサイド投与後2週間後は713日になります。この時点で造血幹細胞の採取です。1日だけでは十分な造血幹細胞が採取できない可能性があるため、2日間又は3日間かけて採取します。
 このような治療の流れで1クールを行い約3週間の予定です。終了は720日になります。

 2クール目も同様にキロサイドを投与します。ただ、1クール目に造血幹細胞が十分に採取できていれば2クール目はキロサイドのみの投与となります。
 おそらく順調に行くと727日~817日の3週間となります。
 さて最後の自家血幹移植ですが、あまり焦ることはないと主治医の先生からのアドバイスもあり、2クール目終了から約2週間程度あけてから行うのがいいのではと言うことで、そうすると、831日から開始となります。この自家血幹移植に1か月入院治療が必要となると9月末に退院となります。直ぐに復帰は無理だと思います。そうすると当初予定していた91日の渡邉医院再開は難しくなります。渡邉医院の再開は早くて11月。年内再開できればいいといった状況です。
 329日に緊急で入院してやはり半年以上は治療に必要だったということになります。

 今現在、診療所も休止していますので収入はありません。収入0の状態です。休業補償と傷病手当だけが唯一の収入です。あまり治療が長く続くと、やはり生活費、治療費など経済的に持ちこたえられるかといったことが心配にはなります。また長期の休止状態ですので、再開する際にスタッフが集まってくれるか等、生活面や診療を再開する際の心配事が多く悩むところです。
 また、「移植関連死」と言うのも5%以下ですが、やはり起きうる可能性があります。今回、5クールが終わって一旦退院した際に、そうなった場合の私たち家族のこと、そして渡邉医院をどうしていくかと言う方向性もしっかり検討して出してきました。そういった意味でも準備万端。

 今回は地固療法の開始のタイミングを計るために622日に再入院した後も病院でゆっくりしました。血液検査でも肝機能は正常、腎機能は少しまだ悪いですがまずまずの結果。白血球数も正常。貧血も改善してきています。心身ともに万全その状態で病院で待機。準備万端で今回の治療に挑みます。前回5クールの時よりも厳しい治療になると思いますが、頑張っていきたいと思います。

 今現在は、自分が回復して復帰して渡邉医院を再開しているイメージがわきません。おそらく自家血幹移植が終わった時点で、そのイメージがわきてくるのだろうと思っています。焦る気持ちはありますが、この際焦らずしっかり治して復帰し、「シン・渡邉医院」の再開をしたいと思っています。

 患者さん皆さんには渡邉医院の再開が9月以降、場合によっては年内に再開できればいい状況になり、ご迷惑をおかけしますが。よろしくお願いいたします。

 

 

2022.06.24

中駿赤十字病院の想い出ー魔法の手ー

 これまで、2回中駿赤十字病院の想い出をお話ししました。今回はその続きをお話ししたいと思います。この思い出は、今も思い出しますし、医師のみならず医療従事者にとってとても大切なことだと思います。

 この話は少し前置きが長くなってしまいますがよろしくお願いいたします。

 中駿赤十字病院に行っている頃、週1回東京の浅草にある有床診療所にパートで勤務していました。東京へは新幹線で行きます。最寄りの駅は三島駅です。
 朝、東京に行くときは三島駅発の始発の新幹線で行きました。帰りも勤務が終わった後、新幹線で帰ったり、診療の後当直したり、友人の家に行ったときは東京発の始発の新幹線で三島まで帰っていました。こんな風に新幹線通勤をしていました。
 私がその診療所に勤務する前に、当時の医局長が私を紹介する際に、「今度行く医師は、京都の公家の出の医師だからよろしくお願いしますね。」と紹介していたようです。
 勤務してしばらくの間は、職員の皆さんがちらちら私の方を見ては、何か言いたそうだけども言わないといった、変な雰囲気がありました。こじんまりした有床診療所だったので、昼食は職員皆さんと一緒に食堂で、食堂と言っても台所があってリビングのような場所で、作っていただいたものを食べていました。
 そんな時、その場に居合わせた方が、「先生は公家の出なんですか?」と聞かれたので、「あっ、医局長が冗談で京都出身だから公家の出だなんて言ったんだな。」と直ぐにピント来ました。そこで私もそれに乗って「そうです。公家の出です。お正月などは、今年一年の目標を歌にして、皆の前でお披露目をしなければならないんです。ここでは『私は』と言っていますが京都に帰ったら『麻呂は』になるんですよ。」と冗談で言ったつもりが、「やっぱりそうなんだ。品があって、どこか違っていてそう思った。」と。冗談で言ったつもりが、そんな風に返されてどうしようかと思いました。後でちゃんと説明しましたが。
 チョット話は脱線しますが、良く歌舞伎役者には間違えられました。
 以前大分前ですが、娘と二人で大阪に行って、晩御飯を食べて帰ろうということになりました。あまり大阪は知らないのですが、大阪の肛門科の先生に教えてもらったしゃぶしゃぶ屋さんに、ちょっと贅沢をして二人で行くことにしました。二人で食事をしていると、店の奥の方からちらちらと何人かのスタッフの方がこちらを見てはこそこそ話しをしているのに気が付きました。もう直ぐ食事が終わるころに、そのうちの一人のスタッフの人が私たちの席に来て、「失礼ですが、歌舞伎役者のかたですか?」と聞かれました。「あっ。久しぶり。」と思いながら、「いえいえ違いますよ。時々歌舞伎役者さんですか?と聞かれることがありますが、違います。」と答えると、「失礼いたしました。」と。そこで「歌舞伎役者ではありませんが京都です。」と答えました。お会計が終わって帰るとき。「お気をつけて。ありがとうございました。」の挨拶に。「では今から南座に帰ります。」と答えて帰りました。
 まあこんな感じで、楽しませてもらうことがたまにあります。

 さてさて前置きがどんどん長くなってしまいました。

 いよいよ本題です。
 ある日、診療が終わって帰るとき、その診療所のちょうど真ん前の交差点を渡っているとき、いきなり右折してきた宅急便?のトラックに跳ね飛ばされてしまいました。幸いに大きなけがはなく、右手が痛いだけですみ。警察などに行った後帰りました。翌日、中駿赤十字病院の整形外科の先生に診てもらうと、右手の舟状骨の骨折であることが判明しました。なかなか治り難く、偽関節になりやすい部位の骨折でした。まずはギブスで固定して様子を見ようとのことでした。骨折だけなので、ある程度仕事ができるようにギブスを巻いてもらいました。

 そんな右手にギブスを巻きながらの仕事を続けていると、ある日女性の職員の方が来られてこんな話をされました。「うちの子が、先生を見かけて『先生の魔法の手が壊れてしまった。早く治って欲しい。』と言うんですよ。」と。魔法の手?話をされた女性は、当直の時に腹痛で救急外来に受診され、私が診た方でした。その方は、「あの時、お腹が痛いと受診しましたが、先生がお腹に手を当てて下さったことで、痛みが楽になりました。それをうちの子が見ていて、『先生の手は魔法の手だ。』と言っていました。」とのことでした。決して魔法の手でなく、ただただ痛いところに手を当てただけです。処方して帰宅してもらっただけでした。でもその子にとっては手を当てるだけで、お母さんのおなかの痛みを治してくれたと思ったのでしょう。

 やはり「手当」も「看護」もやはり「手」が出てきます。痛いところに手を当てる、目で観るだけでなく手を当てて診る。この、本当に基本的な診察ですが、なかなか今の時代できていないような気がします。やはり医師として、医療従事者として、痛いところ、具合の悪いところには「手」を当てる。この大事なことを教えてくれた思い出でした。

 少し脱線が長くなってしまいました。すみません。

2022.06.24

そこまで来ているのにスッキリ出ない。残便感が辛い!

 こんばんは。渡邉医院の渡邉です。
 これまで悪性リンパ腫に対して抗がん剤による化学療法を5クール施行しました。その治療効果を診るために620日に造影MRIを以降しました。その結果、腫瘍は消失しており、「完全寛解」となりました。後は完治に向けた治療が残っています。まずは「地固療法」を2クール行います。その間に自家血幹移植のために造血幹細胞を採取することも同時に行います。「地固療法」は寛解後に残っているがん細胞を叩くための治療です。そのために今入院しています。心身とも準備万端で治療のスタートを待っているという状況です。

 さて、この間TwitterYouTubeで様々な相談が来ています。やはりその中でも多いのが排便に関しての相談や質問です。

 排便後にスッキリせずに 便が残った感じがする。そしてそのことが原因でお腹が張った感じが残る。場合によっては食事がとれなくなるといったこともあると思います。とても辛い症状だと思います。
 私もブログにも「抗がん剤「オンコビン」と便秘を考える」や「オンコビンの逆襲!命のトマトスープ!」にもあるように、私も同じような経験をしました。便がそこまで来ているのに出ない。頑張っても出ない。「早くでてくれよ!」という感じです。また、スッキリ便が出ないので、お腹が張って苦しくなるなどです。一度抗がん剤の影響もあったと思いますが。嘔吐もしてしまいました。

 私の場合、オンコビンという抗がん剤でどうしても交感神経を傷害して腸の蠕動運動を抑制して便秘になるので、マグミット、酸化マグネシウムを内服していました。ただ、マグミットを内服して緩くてもスッキリ出ません。水のような下痢便でも出ません。とても辛い状況でした。もともと私は快便なので、便秘の方はこんな状況を頑張ってられるのかなあと思いました。オンコビン投与から約2週間程度でようやく便が元の状態に戻ってきた状況です。

 このスッキリせずに残便感があることに関しては、ブログの「動物の便の排出時間は12±7秒」でも書きましたが、「完全排泄」されずにどうしても残ってしまう「不完全排泄」のためにおきます。この「不完全排泄」は便が硬い等の便秘だけでなく、下痢の場合も起きてしまいます。

 下痢の場合も力んで下痢便を出しても一部は排泄できますが、一部は逆流して直腸の奥のS状結腸に戻ってしまいます。これがまた残便感になります。下痢の人が何回もトイレに行くのはこれも原因の一つです。ですから、難しいのですが、量のある、ある程度形のある便をある程度力んで出すとようにするとスッキリ感がでます。

 便の性状に関しては「短鎖脂肪酸と腸内フローラ」と言うブログにも、ある程度書いてあるので参考にして下さい。
 やはり食物繊維を摂って、キウイフルーツやベリー類もいいようですが、そこに十分な程よい水分が含まれて柔らか過ぎずにある程度硬さのある便を、ある程度力んで出す。このことがスッキリ感につながり、「完全排泄」になると思います。

 排便には、排便時の姿勢にも便の出しやすさ出し難さが関係します。これも「洋式トイレと和式トイレ、どちらがいいの?」というブログにアップしています。

 排便の出し易さ、出し難さには直腸肛門角が関係してきます。

 通常、立っているときは直腸と肛門の角度が鋭角になっていて便が出ないようになっています。反対に和式のトイレに座るときのような、体を強く「くの字」に折り曲げると、直腸と肛門の角度がまっすぐになって便が出しやすくなります。

 どうしても様式のトイレだと、この直腸と肛門の角度がまっすぐにならずに出しにくいという方も多いです。そんな場合は、少し足台を置いて、体ができるだけ「くの字」にするようにすると出しやすくなります。実際にアマゾンや楽天にもこの足台を売っています。一度検索してみて下さい。そんなに高価なものではありません。

 また、排便の際に少し下腹を手で押さえるようにして力むと、腹圧もかかりやすくなります。どうしても便が出しにくい時は、排便の時には足台などを使って体をできるだけ「くの字」にして、下腹を抑えて力む。やってみて下さい。

 さて、トイレに座っている時間についてです。トイレに座っているだけですと、内痔核など肛門の病気に悪影響はないと思います。やはり、座っている時間よりも頑張っている時間が長いと悪くなります。ですから少しトイレの時間が長くなるかもしれませんが、焦らずゆっくりトイレにいて、1回便が出た後も下腹を「のの字」にマッサージしながら、しばらくトイレで座っているのもありだと思います。

  最後に、やはり内痔核など肛門の病気の影響もあると思います。内痔核があると、排便後も残便感があり、出し切りたくて頑張りたくなるといった症状が出ます。排便時に内痔核が脱出してくるなどの症状がなくても内痔核があると排便後も残便感はあるようです。ですから、すっきり便が出るように、残便感がなくなるように内痔核など肛門の病気をしっかり治すことも大事になります。

 少し長くなりましたが、またTwitterYouTubeでの相談で多いものや、誰もが心配していることがあればブログでもアップしていきますね。

2022.06.23

悪性リンパ腫に対して地固療法と自家血幹移植

 昨日は雨でしたが、今日は一転晴れ。私は今、入院しているので、外の気温はわかりませんが、きっと今日は蒸し暑かったに違いありません。入院当日は雨でした、でも「雨降って、地固まる。」と言うように今回の入院、しっかり治療していきたいと思います。

 私の抗がん剤による化学療法、予定の5クールが終わりました。今週の月曜日、620日に撮影した造影でのMRIの結果、悪性リンパ腫による下垂体近傍の腫瘍は消失し、完全寛解しました。329日に入院して、確定診断がついて治療を始めたのが48日。約2か月半。私としてはあっという間の時間だったように感じます。
 これまでは「寛解」を目指す治療をしてきました。その結果「完全寛解」となりました。これからは「治癒」を目指す治療に入ります。

 さて、「治癒」を目指すまず最初は、「地固療法」です。

 「地固療法」は、寛解後にも残っているがん細胞を叩くための治療です。言ってみれば「とどめを刺す」治療です。それを今回2クール行います。そしてその後に最終的には自家血幹移植を行います。そして、この2クールの間に自分の造血幹細胞を採取してー80℃で離党保存しておきます。
 血液のがんは一般的に抗がん剤の投与量が増えれば増えるほど腫瘍を減らすことができます。ただ、反対に増やせば増やすほど副作用が出ます。それが骨髄抑制です。ことづ意欲性が来ても、言ってみれば一旦骨髄が死んでもあらかじめ採取し、凍結保存していた自分の造血幹細胞を戻し移植することで骨髄が回復します。
 ですから、今回の治療は、「地固療法」を行うと同時に最後の自家血幹移植に向けての造血幹細胞を採取する。この二つが目的です。

 さて、今回使う抗がん剤は、キロサイド(シタラビン)です。
 代謝拮抗薬(ピリミジン拮抗薬)で、細胞増殖に必要なDNA合成を阻害する抗がん剤です。これを大量投与します。大量とは、抗がん剤が中枢に移行する量のことです。どのくらい使うかは主治医の先生が私の対表面積や年齢などを考慮しながら決めて下さると思います。調べてみると、23g/㎡と対表面積で決まるようです。170㎝、74㎏だと対表面積は約1.8。そうすると3.6gに計算ではなります。

 さて、キロサイドを投与後(おそらく1212時間ごとの12日間になると思います)残存しているがん細胞は減少していきますが、それとともに骨髄抑制が来ます。骨髄抑制がピークに至るのが、投与後約14日目頃になります。それ以降、骨髄は回復して血球も回復していきます。この血球が回復してくる時期に造血幹細胞は骨髄から末梢血中に漏れ出てきます。この漏れ出てくる造血幹細胞を採取することになります。通常は末梢血中には造血幹細胞は0.002%以下だそうです。そして、調べてみると1回の移植に必要な造血幹細胞は2.0×10の6乗個/㎏、74㎏の場合、14800000014800万個)が必用になります。採取した造血幹細胞は、凍害保存液と一緒にー80℃に凍結保存し細胞は休眠状態へ。この状態で5年間保存できるそうです。

 おそらく1回のクールで十分な量が取れるとのこと。1回目の採取で十分に良が取れているか同課が解るのが次の日。ですから最低連日2回の採取を行います。場合によっては3回のこともあるようです。この1クール目の地固療法で十分な造血幹細胞が採取できなかった場合は、2クール目でもう一度採取します。そのため、この採取する日にちが同曜日、日曜日にかからないようにするのが難しい点です。ここはもう主治医の先生の経験がものをいうところです。

 さて、副作用に関しては、多いのが悪心、嘔吐、食欲不振などの消化器症状です。
 また、結膜炎があり、ステロイドの点眼を予防的にするようです。この結膜炎、発熱、結膜炎、筋肉痛、骨痛などが起きることがあり、これらを「シタラビン症候群」と言うそうです。薬剤投与後612時間後に症状が出てくるとのことです。
 また、骨髄抑制を起こさせるため、感染症に注意が必要で、場合によってはクリーンルームに入ることもあるそうです。また、赤血球や血小板の減少が強い場合は四血の必要なこともあるようです。

 こんな感じで、今回は前回の5クールとは違って、少し長め、約3週間の入院治療になります。1クール終わって一旦退院。再度入院して2クール目。そして最後の自己血幹移植は、2クール目が終わって2週間程度休んであわてることなく行う。
 こんな予定で今後は治療が進んでいきます。

 そうすると、治療当初予定していた91日、完治して復帰して渡邉医院再開の予定が少し遅れると思います。
 皆さんには、とてもご迷惑をおかけしていますが。しっかり治して完治して復帰。そして渡邉医院の再開をしたいと思っています。
 よろしくお願いいたします。

 R4年6月23日  渡邉医院

                     渡邉 賢治

 

 

 

2022.06.21

抗がん剤と腸内細菌

 皆さんこんにちは。今日は一日中雨ですね。やっと梅雨といった感じですね。
 さて、悪性リンパ腫の寛解に向けての5クールが終わり、いよいよ「完治」に向けた治療に向けて、明日から再度入院します。
 入院中は、抗がん剤の影響や環境の変化、そしてストレス等でやはりマグミットなどの緩下剤を内服して排便を調節していました。もともと調子よく出る快便なので、一旦退院した際はマグミットをやめて、具合よく便が出るように調整しています。なかなかこの調整が難しいです。

 最初は、そこまで便が来ているのに出ない。そこから、食事をしたり何か食べると、直ぐにお腹が張ってきて、それと同時にお腹周りや顔に痺れが来る。何とか出ると、お腹の張やお腹周りや顔の痺れが取れるといった感じの日が続きました。ようやく退院して1週間経ってスッキリ出るようになってきましたが、まだまだ本調子ではありません。
 こんなこともあって、抗がん剤が腸に与える影響、例えば腸内細菌へ与える影響、腸内環境に与える影響があるのではないかと、少し調べてみました。

 私が使った抗がん剤の中のオンコビンこれはブログでも紹介しましたが、自律神経障害を起こし、腸管の蠕動運動を抑制して便秘になりました。この障害が治まっていくのに私の場合は1週間、投与から2週間で回復してきたということでしょう。
 ただ、こういった直接の原因だけでなく、腸内細菌や腸内環境にも影響を与えるのではないかと思い調べました。
 こんな記事がありました。
 「薬も人によって良く効いたりあまり聞かなかったと個人差があります。この個人差という理由の一つが腸内細菌の違いだということが最近分かってきました。
 抗がん剤で例を挙げますと、ノーベル賞を受賞したオプジーボという薬がありますが、これはがん細胞が免疫系の攻撃を逃れる仕組みを持っているので、その仕組みを壊して自分の免疫に癌をやっつけさせるという薬です。この薬の効果の良しあしが、その患者さんの腸内細菌によって差があるということが言われてきています。
 まだまだこの分野は研究中ではありますが、この菌がいると効いて、この菌がいないと効かないなど、善玉悪玉などをクリアカットにどの菌の責任というような問題では表現できないということは分かっています。おそらくは細菌叢の多様性(いろいろな種類の菌がバランスよく存在していること)が大事で、多様性がある人には薬も良く効くという結論になりそうですが、この多様性を保つというのはなかなか難しい問題です。」という記事です。
 さらに、「がん治療の方は抗がん剤のみならず、抗生剤や胃薬その他たくさんの薬を飲まれていることが多く、必然的にその薬に対して弱い菌は減少し、生命力の強い菌は比率が多くなっていきます。そのような状態のところに、先ほどのオプジーボが投与されたとすると、腸内細菌がよりダメージをうけていない、偏りのない細菌叢を持っているひとには効き目が出やすいという事になると思われます。しかし長期の治療中の方はどうしても薬剤投与も多く長くなり、偏りが出てきてしまうのは否めません。できるだけ多様性を保つには、食物繊維などを積極的に摂るなどの食事療法も大事ですが、それでも失われる多様性のために、腸内細菌サプリメントをお勧めしております。」です。やはり、腸内細菌のバランス、腸内環境が良く保たれている。このことが薬の効きを良くしたり、免疫能を高めることに大切だということですね。この「多様性」とは、様々な腸内細菌がいて、腸内環境を良くするということです。
 さらに抗がん剤による治療は腸の粘膜を傷害しますが、抗がん剤の副作用で、血液中の白血球の数が減少してそれによって細菌感染を起こすことがあります。その場合、抗生剤の投与をするのですが、その抗生剤によって腸内の細菌が死滅したり減少します。そして腸内細菌叢のバランスが崩れ、腸内の環境が悪くなることもあります。
 こんな論文もありました。
 抗がん剤投与を中止した後の菌叢の変化を診た論文で、抗がん剤の投与を中止してから腸内の菌量の変化を診た論文です。抗がん剤を投与を中止すると、中止後23週間の間に徐々にもとの腸内細菌叢に戻る傾向がみられた。という内容です。私のお腹の具合と一致しています。私も2週間経ってようやく元の排便状態に戻ってきています。私の腸内細菌の状況が2週間経って元の状態に戻ってきたと行くことでしょう。
 さらにこんなことも書いてありました。
 一旦何らかの因子によって常住腸内細菌のバランスが崩れた時、病原性大腸菌が増加したり、外来菌の定着増殖が促進されるであろうと。そして、外来菌の定着には、その金の菌量、感染力、また、宿主側の因子としては腸内のpHや常在菌叢、その他免疫学的状態等が関与し、癌患者においては感染にかかりやすい状態にあり、さらに、各種抗がん剤によって生体の免疫能が低下し、この論文での研究のように、腸管内の錠剤腸内細菌叢の変化をきたすことが認められたと。
 癌患者の死因は感染症が多く、特にE. coli, によるものが多いという報告もなるとのことです。これらの感染症の原因菌と腸案内細菌の変動については興味のある問題と考えていると。そして最後に、抗がん剤投与時において、常住腸内細菌叢に変化をきたし、二次的病態を作ることを認め、また、副作用として消化管症状の出現令には腸内細菌叢のバランスの乱れがある点が考えられると締めています。

 なかなか、難しいですが、やはり食物繊維をしっかり摂り、善玉菌を増やして腸内環境を良くする。そして乱れ、バランスが崩れた場合にはそれを早く元の状態に戻していくことが大切なんだなあと、再確認しました。

 

2022.06.15

コロナでのかかりつけ医批判とそれに乗じた制度化論は筋違い

 

 いよいよ梅雨本番になりましたね。そんなに激しい雨ではありませんが、今日は朝から雨模様。
 いつも退院した時に散歩する賀茂川。雨の賀茂川もいいものです。


 さて、新型コロナウイルス感染症を経験して、国も新興感染症に対しての制度の見直しをしようとしている。
 このような中、財務省は今回の新型コロナ感染症に対しては、診療所医療提供体制や医師に問題がある、「かかりつけ医が機能しなかった」など、あたかも医療機関・開業医側が恣意的にコロナ診療を忌避したかのような議論にすり替えて、これを理由に医療費の削減等、医療提供体制の改悪を狙っている。ただただ医療費削減目的で、本質を見ることなく、歪曲し議論をすり替える。そして医療費を削減することで褒められる。そんな財務省には国民の健康、命は守れない。お金を持っていて頭を下げることはない。「一体何様だと思っているのだろうか。」と思ってしまう。また厚生労働省も、もっとしっかりして欲しい。財務省の言いなりになるのではなく、国民の命と健康、そして生活を守るためにもっと頑張って欲しい。そんな思いを私は何時もしている。
 今回は、私もかかわっている京都府保険医協会の主張を紹介したいと思います。京都保険医新聞6月10日号からの天気です。

「コロナでのかかりつけ医批判とそれに乗じた制度化論は筋違い」

  新型コロナでの診療所対応について、昨年来財務省は「フリーアクセスが機能しなかった」、最近の政府検証有識者会議では「かかりつけ医が機能しなかった」との意見が出るなど、これまでの診療所医療提供体制や医師に問題があるとしている。全く筋違いの指摘である。

 新型コロナ感染症の対処において当初、行政検査としてPCR検査数が拡大されず「375℃以上発熱、4日間」でなければ受診しないように抑制をかけ続けたのが政府であった。また、感染症法上〝全感染者入院〞の原則の下に、感染者情報の保健所一元集約と入院コントロールセンターによる全例対応指示の体制に固執し続けたのも政府方針のゆえであった。未知の感染症に対し、診療所は当初、矛(PCR検査等)も盾(防護具)も不足の中で立ち向かわざるを得なかった。その後の努力で発熱外来(診療・検査医療機関)は増えたが、関与できるのは診断までで、陽性で保健所へ発生届を提出後、その患者がその後どうなったかの情報には遮断された状況に置かれ続けた。一方、感染者本人は保健所からの指示や健康観察の電話をひたすら自宅待機して待つのみで、保健所業務のひっ迫とともに、数日間〝放置〞の状態が現出された。待機ステーションの積極的運用も進まず、入院待機はいつの間にか自宅療養と読み直された。そして第3波以降、自宅療養中に急変し死亡する症例が相次いだ。

 協会は、感染症パンデミックの基本的対処方針は感染者の隔離と〝医療提供〞だとして、早くから保健所の所有情報の医療機関との共有と早期医療介入(往診または電話再診)を訴え続けた。この間、診療所側で何とか患者と連絡を取って往診等を行った例を相当件数聞いている。しかし、これは言わば〝裏ルート〞経由のボランティア的対応であり、制度と資材の支えがない状況下でそのカバー範囲は限定的であった。自宅療養者と医療機関との繋がりを京都府が指示したのが212月で、一部の自宅療養者への往診が開始されたが、全対象者数から見ればわずかであった。本格的な訪問診療事業開始は京都府では218月から。そして京都市の場合、何と221月(!)になってやっと、通知が出された。

 さらにワクチン接種を巡っても、供給量と優先順位を曖昧にした政府の接種率引き上げ至上命令の下で拙速な実施計画となり、個別診療所は予約電話殺到で混乱し、罵声を浴びせられ、診療所やかかりつけ医と患者間の信頼関係が棄損される事態が現出した。

 この一連の経緯を見ても、感染者の医療アクセスを阻止し、かかりつけ医での医療を阻害し続けたのが、政府の新型コロナ対策方針・施策とその指導下にある各自治体であることは明らかである。政府側はこの点には一切ほおかむりして、あたかも医療機関・開業医側が恣意的にコロナ診療を忌避したかのような議論展開である。

 その上で、全く別次元の話である〝フリーアクセス〞や〝かかりつけ医機能〞を非論理的に結び付けて、新型コロナ禍のどさくさ紛れにその制度改革(改悪)を狙っている。 協会はこのような「ためにする議論」に断固反駁するものである。

京都保険医新聞 6月10日号 転記

2022.06.14

5クールを終え、完治への次なるステップ

 今日は朝から雨ですね。本格的に梅雨入りでしょうか?

 私は、5クール目の化学療法が無事終了して一旦退院します。

 さて、今回の治療は悪性リンパ腫が脳の下垂体近傍に腫瘍として現れた、中枢神経原発B細胞リンパ腫に対して治療し、完解を目的とした治療でした。

 治療法はR-MPV療法で、Rはリツキサン、Mはメソトレキセート、Pはプロカルバジン、Vはオンコビンで、この4種の抗がん剤での治療でした。

 2クール目終了後に撮影した造影MRIでは、すでに腫瘍は縮小もしくは消失していました。その時点からさらに3クールを行い、予定通り5クールが完了しました。5クール目は、少し排便に関しての私自身の調整がまずく、少し苦労をしましたが、順調に終了したと思います。抗がん剤投与による副作用ですが、オンコビンによる末梢神経障害がやはり少し出ました。両手の指先の痺れがまだ残っています。ただ、通常の生活には支障はありません。やはりとても難しいのですが、ある程度副作用を許容することも必要ではないかと思います。どこまで許容するのか?どこまで許容できるのか?この問題は、抗がん剤投与を行う上での課題だと思います。

 さて、今回の5クールにわたる治療は悪性リンパ腫の寛解を目指した治療でした。来週の月曜日に再度造影MRIを撮影して治療効果を判定します。おそらく寛解しているはずです。そうすると寛解したならば、次のステップの治療に入ります。完治を目指した治療です。

その治療のために再度来週水曜日に入院します。

 治療法に関しては、まだまだ悪性リンパ腫の治療に関しては、私たちにはうれしいのですが日進月歩で進歩しています。ですがガイドラインがないとのことです。

 そこで今回完治に向けた治療で示された選択肢は三つ。

  • ①HD-AraC 2クール+4Gy
  • ②HD-AraC 2クール+自家血幹移植
  • ③HD-AraC 2クール+内服(維持)

でした。

 HD-AraCHDは大量と言う意味で、その大量とは中枢に移行する量と言うことだそうです。
 AraCはキロサイドという抗がん剤です。

 おそらく②のHD-AraC 2クール+自家血幹移植を選択すると思います。

 次回の治療に関しては、HD-AraCを行うことで骨髄抑制が来て血球が減少します。その減少した血球が立ち上がり、増えてくるときに自家血を採取する。1回の採取で十分な量が採取できるかどうかわからないので、もう一度同じことを繰り返す。そして最後に採取した自家血を使った自家血幹移植に進んでいく。と言った感じで進みます。したがって血球が立ち上がってくる時期には個人差があります。自家血の採取が土曜日、日曜日にかからないようにスケジュールを組まなければなりません。なかなか至難の業だと思います。ですから、今回の5クールのようなわけにはいかないと思います。

 でも完治を目指して、完治して復帰して、新しい渡邉医院「シン・渡邉医院」を再開したいと思います。もうしばらく時間がかかります。皆様方にはご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。そして「シン・渡邉医院」を支えて下さるようお願い申し上げます。

 

  R4614

       渡邉医院      渡邉賢治

2022.06.13

空に雲、川は流れ、大地には花ー風景画を描いてみました。動画ー

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診療時間 日・祝
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※術後の患者さんも緊急対応いたします。
※日曜日・祝日は休診です。
※△は手術日となります。
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